前は見ずとも歩けるの

気楽にマイペースに好きなことだけ

A.B.C-Z SLT

久しぶり過ぎるほどの更新で自分でもちょっと引いてます。プライベートが忙しくて全然時間が無かった、なんて訳も無くただただズボラなだけです。ちょっぴりだけ言い訳をするのなら、書こうとはした矢先にSMAPの件があって正直、ジャニヲタ辞めてやるレベルまで病んでいました。その話は書きだすと終わりが無いくらい吐き出したい気持ちがありすぎるので割愛させて頂きますが。

 

書かない間に、コインロッカーベイビーズを観に初めての大阪遠征(弾丸)を経験したりあれだけ苦手だと言っていたTwitterを始めてみたりしていましたが久しぶりに書きたいと思ったのは、A.B.C-Z STAR LINE TOURに行って来たので、その事を…。と思ったのですがレポは向いていないので私なりに書き留めたい気持ちをだらだら書いていこうかと。

 

他グループからA.B.C-Zに担降りした私ですが、A.B.C-Zを応援していると今までに無いくらい、とっても居心地が良いんです。とっても幸せなんです。自分のペースで応援出来るって本当に大切な事だなーと今更ながら体感しています。

 

大阪コンサートの際、センターである橋本くんが「A.B.C-Zは楽しかったのに、皆は楽しくなかったの!?」と言った。そんなこと言うタレント、私は彼以外に聞いた事がない。けれど、今まで言われたどんな言葉よりも私は嬉しかった。皆に元気を貰った、明日からまた頑張れる、と言われるよりも全然嬉しかった。そっか、コンサートって皆で楽しむ為の場所なんだって、元気を貰うとか明日から頑張れるとかは、その後に付いてくるそれぞれの感情だよなぁって。そう言う人の事を否定している訳ではないけれど根っこのシンプルな部分を大切にしてくれる彼らを思い出すと自然に笑顔になれるし、純粋に私たちと同じように楽しんでくれている彼らの気持ちがとても嬉しかった。いつもファンとの距離を離すまいとしてくれる彼らの行動が、言葉が、細やかな気配りがとても嬉しかった。彼らはいつだってファンの目を見て、言葉を聞いてくれる。感謝祭での握手会が良い例で全員が全員、しっかりと目を見て言葉を逃さぬように耳を傾けて、ファンが困るくらいに手を握り続けくれていたと聞いた。正直、感謝祭に行けなかった身としては羨ましい!と思わざるを得なかったけれど、そんな話を聞いてしまうと「彼ららしいなぁ」とつい、ほっこりしてしまった。大阪コンサートのオーラスでも、アンコールに出て来た彼らは一等優しかった。去年出て来れなかった事を気にしていたのか開口一番「今年は出れたー!」と言ってくれたり、ステージに散らばる銀テープを掴んだかと思えば客席に渡してくれたり、塚ちゃんはあげ癖が炸裂したのか親子席の子供にバンダナを渡すと次々とTシャツやら靴下やらをあげて最終的にはベルトや靴をあげようとしてファンに止められていたという、これまた羨ましいけれどほっこりしてしまうエピソードを作ってくれた。そんな彼らを見ていると、羨ましいという気持ちよりも「優しいなぁ」とほっこり温かい気持ちの方が勝ってしまうから、彼らを応援している時はいつだって、優しい気持ちで居心地良く平和でいられるのだと思う。

 

そして、やっぱりこの居心地の良さはファンの方の力もとても大きいと私は思っている。コンサートが始まる前とアンコールの時のファンのコールを聞いて改めて、凄く居心地の良い場所を私は見付けられたんだな、と嬉しくなった。A.B.C-Zを呼び続ける声が少しずつズレてしまうと彼女達はすぐにどちらかに合わせようと会場全体が歩み寄ってすぐに軌道修正を図る。そしてまたピッタリと重なった声でA.B.C-Zを呼ぶ。コンサート後、会場の外に出ると「銀テープを譲って下さい」と立ちんぼしている子の周りに何人かが集まり「何色ですか?」と声を掛けている光景を何度も見た。それはA.B.C-Zのファンに限った事ではないかもしれないけれど、その光景は紛れもなく平和で温かくて、ほっこりする空間で、私は「幸せだなぁ」と傍目からその優しさを見てそう思った。

 

有難いことに一昨年、昨年と続けて今年もまた彼らのコンサートに参加させて貰えてすごく幸せで、すごく楽しかったです。彼らの不器用さも、だだ漏れの愛情も、何ひとつ変わっていない幸せな空間でした。彼らからファンへ、ファンから彼らへ、愛情だだ漏れのこの空間が、きっと私にはとても居心地が良いんだと思う。どんどんと進化していく彼らは、きっとこれからも変わらず私の居心地の良い場所を守ってくれる。そう思えた最高のコンサートでした。 そして嬉しいことに今年、A.B.C-Zの公式FCが発足されました。きっと来年もまた彼らの愛情をあの空間で感じられると思うと今から楽しみで仕方がないです。 FC発足おめでとう。そしてFC発足してくれて、ありがとう。

たぐちくん

ジャニオタは、愛すべき存在だ。そんな記事を書こうと思っていた矢先、田口くんが脱退と退所を発表した。ジャニオタの毎日は担当のお陰で楽しいとか何とかという、内容が内容だっただけに記事は全て削除した。

 

 

出張先のホテルであの場面を見た私は、まず呆然とした。そして、何故か号泣して、「どうして?」「ちょっと待って?」と田口くんの言葉を考えて、また泣いた。そしてまた考えて、また泣いて、と繰り返していた。私でさえ、そんな状態になってしまったのだから、田口担のお嬢様方は大丈夫だっただろうかと何の関係性も無い私はかなり心配していた。多分、大丈夫ではなかったのだろうと思うと今もなお、心が痛い。

 

KAT-TUN担でも、田口担でもない私がこの事について書いても良いのだろうかと、かなり迷ったのだけれど、どうせ自己満で始めたブログなのでやっぱり、思う事を好きに綴ろうと思う。今日はちょっと過激派です。ご注意ください。

 

 

まず、私は田口くんに怒っている。KAT-TUN担も、田口担も、田口くんを怒る事も、責める事もしていなかった(ように思える)けれど、私は田口くんに怒っているし、田口くんを責めたいとも思っている。

 

田口くんには田口くんの人生があるし、生活がある。彼の人生は彼のものだ。だから、誰も田口くんを責める事は出来ない。でも、私は田口くんを責めたい。ファンを泣かせて、悲しませた事実は怒るべき事だと思っているし、責めていい事だとも思っている。田口くんの人生の選択については、私たちに田口くんを責める資格も、怒る資格も無いのかもしれない。でも、私はこうも思う。

 

田口くんが背負っていたのは、田口くんだけの人生ではない筈だ、と。田口くんは、KAT-TUNの、亀梨くんの、中丸くんの、上田くんの人生も背負っていた筈だ、と。デビューの時、メンバーが脱退した時、何度も背負う覚悟をしていた筈だ。だから、KAT-TUNとして今までやってきたんだと思っていた。その人生を投げ出す田口くんの事は、私達は責めていい、怒っていい筈だ。その覚悟を信じていた私たちには、彼を怒る資格が、責める資格がある筈だ。

 

 

そして、どうしてあの場所で言わなければならなかったのか。沢山の関係の無い人達まで巻きこんで、どうしてあの時じゃなければいけなかったのか。少なくとも、私は残りの放送を楽しむ事が出来なかった。楽しみにしていた筈だったのに、どんな歌を聞いても歌詞が田口くんと重なってしまって、考えなくていい事まで沢山考えてしまった。きっと、あの状況で一番頑張ってくれていたのは同じ事務所の先輩、後輩達だろうと思う。自分たちの事務所のタレントが作ってしまった空気を、自分たちが変えなければと、きっといつも以上に頑張ってくれていたのだろうと。

 

私はジャニーズ事務所というのは、プロのエンターテイメント集団だと思っている。どんな事があっても、パフォーマンスでお客様を楽しませるプロ集団だと。あの日、田口くんはそれをしなかった。プロならば、全ての影響をきちんと考えてほしかった。謝れば済む問題でもないし、何の解決もしていないまま、パフォーマンスされても楽しめる訳が無い。エンターテイナーとして、プロとして、お客様を楽しませて欲しかった。ワクワクさせて欲しかった。辞めていくにしても、辞めるまでは、それが仕事なのだから。あの日、あの会場の中で田口くんだけが、プロとして失格だったように私には見えてしまった。

 

今後、KAT-TUNがどうなっていくのか、どんな道を選ぶのか、陰ながら応援していきたいと思っています。願わくば、KAT-TUNのまま彼らの道がずっと続いていってほしいと、あの日の、鬼気迫るような亀梨くんの歌声はもう聞こえる事がないように、と。勝手ながら、そう思っています。

 

A.B.C-Z Early summer concert

小マメな更新は向いていない。ということでアリサマ以来の更新です。ろくに感想も書かずにDVD発売日になってしまいました…特に細かく書くつもりは無いのですが、DVDを見ていて書かずにはいられなくなったのでここに認めようかと。

暫く仕事が立て込んでいて、えび座にも行けずテレビ番組も遠ざけていたので「あれ、もしかして私…ジャニオタ卒業出来る?」と思っていたのも束の間、発売されたDVD見たらあっという間にジャニオタに戻されてしまいました。というかフラゲしてる時点で卒業出来てない。

A.B.C-Zのコンサートは未完成な部分が多い。「この流れでこの曲持ってくる!?」「なにその演出!」と足りない部分、やーやー言いたくなる部分が凄く多い。けど、私はその未完成な空間がとても好きだった。去年、SMAP関ジャニのコンサートに行った際に曲の流れが最高に良くて感激したんだけど、A.B.C-Zのコンサートは、そうなっていくのびしろがまだまだ沢山ある。きっと何年後かのコンサートでは最高の演出を見せてくれると思う。でも、私はきっとこの未完成なコンサートがずっと永遠に好きだろうと思う。完璧な演出より、未完成だけど愛情がだだ漏れの、幸せに溢れているあの空間がとても好きだ。

「ボクラ~LOVE&PEACE~」での泣けるであろう演出も、その曲の前に塚ちゃんソロを持ってきている所為で泣けない。「特別な君へ」の前もとっつーが上半身裸で暴れてるのに一旦ハケて戻ってきたら澄まし顔で歌い出すそのギャップに付いて行けず泣けない。泣ける演出なのに中々泣かせてくれない、そんな演出を作りだしちゃうA.B.C-Zが私は凄く好きです。他グループよりも歓声は少ないかもしれないけど、ペンライトの波がどのグループよりも綺麗に染まるファンの人達がとても好きです。お互いがお互いに敬意を持っているA.B.C-Zとファンの関係性がとても好きです。ペンライトが無くたって「前のペンライトでもいいよ」「持ってない人は手を広げてね」と許してくれる彼らが、ペンライトを消すのが遅くても「みんな早いね!さすがだね!」と褒めて伸ばしてくれる彼らが、私はとても誇らしいです。大阪オーラスでトリプルアンコールに出れず「終演ならアナウンスを流さないとまだ俺達が出てくるって期待させちゃう。知らせてあげて」とスタッフに言ってくれたA.B.C-Zと、そのアナウンスを聞いて拍手で応えたファンの関係性が凄く好きです。「俺達出られなかったのに、なんて優しいんだ」「素晴らしい方々ですよ」と褒めてくれるから、私たちも彼らに真っ直ぐ向き合える。彼らの目指す場所に付いて行きたいと思える。彼らに誇れるファンで在りたいと思う。

未完成な彼らのコンサートは、きっとこの先どんどん良くなっていくだろうと思う。完璧を目指す彼らのコンサートはきっと素晴らしいものになると思う。けれど、未完成で不器用だったこのコンサートを忘れないでほしい。今の彼らにとって、そして私たちにとって最高のコンサートだったという事を忘れないでほしい。良くも悪くも、今のA.B.C-Zにしか出せない輝きを羨ましく思える日がいつか絶対に来る。未完成なコンサートは、未完成な今しか出来ないのだから。売れて欲しいと思う反面、少しでも長く、この輝きを見続けていたいとも思う。未完成な輝きほど儚く魅力的なものはないのだから。

売れるということ

A.B.C-Z Early summer concert入れることになりました。奇跡的にお友達が声を掛けてくださり、1公演のみですが行って参ります。楽しんで来ます。やったよー!お母さん!!!

1公演のみですが地方住みで飛行機の便が少ない為2泊するので今回はゆっくり出来ます。一人でゆっくりって言っても…って話なんだけどね。まぁ、楽しんできます。王様のブランチでえびが買い物してた雑貨屋とかも行けたらいいな。

周りにえび好きがいないからこういうお話も中々出来ないんだけど、最近のテレビ番組でのえびの露出なんなの?世間に見つかってきてるの?見つかったら最後、もう売れるしか道はないじゃない??えっ?えび売れてるの??この露出具合は事務所が本格的に動き出してるってことですよね。正直、えびには悪いんだけど私はえびはこのままでいいんじゃないかと思ってる人間なので、嬉しくもあるけどちょっぴり複雑な気持ちです。

えびが売れるのは嬉しい。だって、それはメンバー自身が一番望んでいたことだから。「売れたい!」と確固たる思いをずーっと持っていた彼らだから、その思いが、夢が、叶うことはとても嬉しい。メンバーがテレビやドラマに出たい、と言うのならそれが叶ってほしいと心から願うし、その夢を共有したいとも思う。けれど、テレビに出る事が、CD、DVDが売れる事が本当に「売れる」という事なんだろうか。それは売れている人の足跡を辿っているだけでしかないのではないだろうか。えびの夢がテレビに出る事、売れる事だと言うならば、その思いは私たちファンの夢でもある。叶ってほしいと、叶えてほしいと心底思う。でも、その思いとは反して私は彼らにしか出来ない事を築き上げてほしいとも思う。先輩たちの歩いた軌跡を辿るだけでなく、今までのように険しい道にはなるけれど彼ららしい道を開拓してほしい。売れる事が必ずしも成功に繋がる唯一の道ではないと思う。勿論、テレビや色々な媒体に出る事は成功のひとつだと思うけど、成功はひとつではないと私は思う。

とりあえず、今日はグッズも無事に買えたので明日に備えてホテルでゆっくり休みます。ぐだぐだと言ってますが、明日彼らに会えるならそれでいい。私たちの前で嬉しそうに、楽しそうに笑ってくれる彼らがいてくれれば結局なんだっていいんです。売れようが売れまいが、私は変わらず彼らの一ファンでしかないのですから。今まで通り、彼らを愛することが出来ればそれだけで幸せです。

嵐とA.B.C-Z

2回目の記事にして2ヶ月振りの更新。今後が思いやられますが長い目でお付き合い頂ければ幸いです。

先ず近況としましてはA.B.C-Zの夏のコンサートに全滅しまして日々絶望しながら過ごしています。担降りしたその年にコンサートに行けないってどういうことだ。立ち直れない…現実って厳しい…。A.B.C-Zは今すぐにファンクラブを作るべきだと思う。ファンミーティングはその後にしてほしい。まぁどっちにしても7月は仕事の都合上、行けないんだけど。今はとりあえず何とかファウストに行けないかと画策中です。コンサートに行けないんだからファウストくらい行かせてくれたっていいだろう。死ぬ気で働くから頼むから行かせてほしい(泣)これ以上の絶望はツライ。

本題ですが今回は、嵐とA.B.C-Zについて書こうかと思います。暇な時間が出来ると仕事かコンサートの事を考えては絶望してしまうのでどうか此処で語らせて頂きたい。

嵐とA.B.C-Z。両者の共通点は多々あるように思える。5人メンバーであること、その5人のキャラクター、関係性。なんとなく似てるように思えるけどやっぱり結局のところ、別グループは別グループ。相葉さんと塚ちゃんの天然キャラは種類が違うし、最年長で踊りに長けてる大野さんと五関さんだって似てる部分は多いけど雰囲気はやっぱり違う。けれど、私がA.B.C-Zに惹かれたのはきっと嵐と似たような空気を感じたからだろうと思う。私が好きになった当初の嵐と、A.B.C-Zは空気感がすごく似ている。中々人気が出なくて、どこか惜しい愛すべき5人。部屋の片隅で小さく固まっているような、なんともいえない5人の身内感。メンバー自身がグループを、メンバーを、溺愛しているところや、メンバーの仕事を誇らしく思って素直に喜べる空気感。それらが、とても似ていると思う。少し違うのは闘争心なのかな、と。嵐には向上心はあったけれど闘争心は無かった。だからこそきっと周りが持ち上げて持ち上げて、今の嵐があるんだと思う。そのピリピリした空気がないところが嵐の良さでもあると思う。けれど、A.B.C-Zには闘争心がある。勿論、向上心故の。売れてやる!という気持ちを全員が持っている。そして、このメンバーが成功しないのはおかしいとメンバーがメンバーに対して思っている関係性が私はすごく好きだ。1人の人として、アイドルとして、認め合っている関係がすごく好きだ。そして嵐も、A.B.C-Zもそういう人たちが集まっているグループだと思う。その空気感にきっと私は惹かれたのだと思う。メンバーがメンバーを溺愛していて、メンバーがグループを溺愛しているグループを応援するのが私は一番楽しい。その空間には幸せしかないと思っている。

昔にA.B.C-Zが自分達はアクロバットをやるからメンバー同士で喧嘩はしないようにしている。と話していた事があると聞いて、プロ意識の高い人達なんだと思った。一万字インタビューでハッシーが「(メンバーに)嫌われたくなかった」と話しているのを見て、なんて素直な子なんだろうと思った。喧嘩をしないのはプロ意識からくるものかもしれないけれど、嫌われたくない、メンバーが好きだから喧嘩をしたくない、と素直に言えるその関係性がやっぱり素敵だと思う。

そして嵐とA.B.C-Zで決定的に違うのは、末っ子の愛で方だとも思う(笑)嵐もA.B.C-Zも末っ子にはとびきりに甘いけれど、それでもA.B.C-Zは特別に甘い方だと思う。末っ子の誕生日には必ず皆で集まる事が恒例となっているし、皆の「うちの末っ子どう?カッコイイでしょ??」感がひどい。そして末っ子を見る目が皆優しい。とびきりに優しい。そしてそんなお兄ちゃん達の愛情を一心に受けているハッシーがまた素直で真っ直ぐな典型的な末っ子で愛される理由がこれでもかと伝わってくる。優等生で簡単にはデビューしたい!と言えなかったA.B.Cの中にぽん、と入ってきたハッシーが「デビューしたい!しようよ!できるよ!!」と無邪気に言うものだからお兄ちゃん達も言うようになったというエピソードを聞いて、舵取りはお兄ちゃん達だけれど、多分、A.B.C-Zの発信源はハッシーなんだと思う。頼れるお兄ちゃん達がいれば何も怖くない。ハッシーにはそうやって自信を持って進んでほしい。私のただの願望だけど。

「表ではお前が俺たちを引っ張っていけ。裏では引っ張ってやる」

郁人くんがハッシーに言った言葉なんだけど、アイドルとして、センターとして、人として、好きだからこそ言ったであろうこの言葉の通り、彼らにはそのままの関係性で進んでいってほしい。嵐に似ているけれど、嵐とは違う険しい道を進む彼らを応援していきたい。


ただコンサートツアーには北海道も入れてほしい。来年はもっと公演数を増やしてほしい。そして何よりもファンクラブを作ってほしい。グループを溺愛する彼らを溺愛する許可をどうか、私共に…!!と願う毎日です。

担当

誰に見せる訳でも見せたい訳でもなく、ただ自分の思いを吐き出したいが為に作ったブログです。隠れジャニヲタ故にこみ上げる思いの丈を胸の内に抑えきれなくなり、んもーーーー!!となったオタクのブログです。周りにジャニーズ好きはいるけど、同じ熱量の人はいない。淋しい。でもツイッターフェイスブックは苦手。ということで主にジャニーズについて好き勝手に騒がせてもらいます。

嵐を好きになって昨年で丸10年が経ちました。新規、古株とか正直どうでも良いので10年経ったから何だって話ですが。ただその10年間の中で初めて嵐に対する気持ちに確かな変化が生まれたので10年を振り返りながら、そのお話をしようと思います。

嵐を好きになったのは2004年。多分春くらい。よく覚えてないけど24時間テレビの時にはテレビにかじり付いていたから多分春くらい。大雑把。就職活動の時期に一度、就職への焦りと金銭的な問題があり意を決して嵐離れをしたけれど社会人になってからころっと出戻り。就職の焦りも金銭的な問題も無くなったので何の迷いもなく出戻り。ビバ社会人。そこから10周年まで嵐への気持ちはブレず、ブレるどころか年々好きな気持ちが増してく一方。自分でも気持ち悪いくらい毎日が嵐まみれで、脳内の細胞を全て嵐に注いでたくらい全てが嵐。恥ずかしながら上司との関わり方や社会で適応する一般常識等は全て嵐から教わっていた気がする。間違いなく私の全ての基準は嵐だった。今もそう。

嵐しか見えていなかった私ですが嵐と関ジャニの共演が多くなり始めた頃、事務所の策略にまんまとハマってあれよあれよと関ジャニに片足を突っ込み始めました。元々事務所の話や嵐と同期との繋がりの話が大好物だったので転がり始めたら早い早い。けれどもちろん本命は嵐で、関ジャニを見てカワイイ…カッコいい…好き…。ってなってても嵐を見ればホーム感があったし、一番好きなのは変わらずブレることなく嵐でした。けれど関ジャニに足を突っ込み、ジャニーズという大きな海原を視野に入れた時に当たり前だけど魅力的な人が沢山いて、そして視野が凄く広がり始めた。

そして、その中でまた私が片足を突っ込み始めたのがデビュー2周年を迎えたA.B.C-Z。吃驚した。まさか自分が若手グループ(とはいっても5人中4人が三十路手前)にハマるとは思わなかった。嵐ファンだった私が彼らを知らない訳もなく勿論、認識はしてた。五関くんと二宮くんと風間くんが同じ誕生日って事も河合くんが松本くんの物真似が上手だって事も知ってた。ただよく知らなかった。それくらいしか知らなかった。ごめん。昨年、彼らを好きになってから3ヶ月が経った頃にご縁がありましてA.B.C-Zのコンサートに連れて行ってもらいました。凄く楽しかったです。そして落ちました。そりゃ落ちますよ。片足どころか両足も両腕も、何なら頭まで突っ込みました。彼らのことを色々知っていくにつれて、好きだなぁって噛みしめるように思えてきました。が、関ジャニの時とは違って何だかもやもやとした気持ちが生まれ始めました。

そのもやもやの要因は幾つかあったんだけどそれはまた次回に書くとして、そのもやもやをどう解決するかをずっとずーっと考えていました。まぁ、そのもやもやっていうのは、担降りについてのもやもやなんですが。

私がアイドルを応援してる時間の中で一番楽しい瞬間は断トツでコンサートなんです。キラキラとアイドルオーラ全開で私たちを楽しませてくれる、幸せいっぱいのあの空間が私はすごく好きです。恥ずかし気もなく好きだと胸を張って伝える事が許されるあの空間がすごく好きです。その一番楽しい空間が、もしも嵐とA.B.C-Zとで被ってしまったら私はどちらを選ぶんだろう、とそんな事を考えるようになりました。そう考えた時、私が選ぶのはきっとA.B.C-Zだと思ったんです。担降りの定義は人それぞれだと思うけど。でも昨年のA.B.C-Zのコンサートが凄く楽しかったし幸せだったんです。嵐みたいに大きな事をしている訳じゃない。少し不器用なコンサートにも思えた。けれどそこには確かに愛があった。A.B.C-Zのコンサートには優しさと愛が溢れていた。あんなにもアイドルとファンの愛がただ漏れに見えるコンサートは見た事が無かった。私も彼らに愛を伝えたい。だだ漏れになるほどの愛と彼らと同じだけの優しさを伝えたいと心から思った。少し不器用な彼らのコンサートは今後もっと良くなっていくだろうという大きな伸びしろも感じた。その過程をこれからずっと見ていきたいと心底思った。正直に言うと嵐のコンサートには伸びしろが見えなくて現状では今後のコンサートに期待が出来なくなっている。それに関してもまた次回に書こうと思います。 もしかしたらコンサートに行きたいと思えなくても、やっぱり本命は嵐なのかもしれない。それも考えたけれどやっぱり違う。だって嵐に会いたいと思う気持ちがA.B.C-Zに会いたいと思う気持ちを上回っていないのだから、きっとそういうことなんだと思う。

嵐を好きになって今年で11年。視野が広くなった今、担当に拘らず事務所担でやっていこうかとも思いました。DD担としてあっちもこっちも楽しもうかと。でも今、私は彼らをホームにしたい。彼らに売れてほしい。彼らの歩みを見ていきたい。正直、この言葉を放つのがとても怖かった。けれど、ブログ一発目に書きます。

私は嵐からA.B.C-Zへ担降りします。